ART LIVES TORIDE ここで芸術が生まれる。

上原 耕生

大学院に入るのをきっかけに、取手で暮らし始めました。今はシェアアトリエを借りているので、制作するときには取手に来て、展示やプロジェクトはほかの地域に行く生活をしています。僕は大きなものをつくりたいから、広い場所を探していたんです。散歩してたら、使ってなさそうな倉庫があるなと思って、役場で持ち主を調べたんですよね。連絡をとって、こうやって使いたいんだって企画書を出して。5年くらい前から使わせてもらっています。
狭い部屋で作品をつくっていたら机の上でしか描かなくなるし、扉が小さかったら扉から出せる作品しかつくれなくなるし。無意識に制限されないように、環境を整えるのは大事なことだなと思っています。

出身は沖縄で、大学に入って最初のころは油絵を描いてました。アメリカの美術館をめぐる研修旅行があって、2週間、へとへとになるくらい作品を見て回ったんです。いろんな作品を生で見たり、作家さんの生活を垣間見れる機会があって。すごいと思っている人でも、なんか自分と地続きなんだと感じて。自分がやってることにもっと自信を持っていいんじゃないかと思ったんですよね。それからは廃校になった小学校を使ってプロジェクトをやらせてもらうとか、自分から企画を持ち込んでいくようになりました。
最近つくったのは、茨城の大子町にある商店街の壁画です。大子町って大きな文化施設があるわけじゃないし、商店街は閑散としているんですね。だけど壁はありあまっているから。町の壁を美術館の壁に見立てたら、いろんな展開ができるんじゃないかと思って。

最初につくったのは、高台から見渡した町の風景を鉄の粉で描いて、錆びて色が変わっていく壁画です。電柱と壁画がつながるような絵をアース線で描いたり。クリーニング屋さんの壁には、横に駐車場があることがわかるように車の絵を描きました。街を歩いていると作品がいくつも見えてきて、気づいたら町を一周しているとか。意図せずそんな感じになったらおもしろいなと思って。町にある素材や風景を散りばめることで、町の人がおもしろがってくれたら嬉しいですよね。
ほかにも、取手の戸頭団地の壁でつくらせてもらった「IN MY GARDEN」のように、壁を使った作品が多いです。あとは時間を描くようなもの、空間を切り取るような作品も自分のなかではシリーズとしてつくっています。
ずっと変わらずにやっているのは、いろいろな素材を使うこと。柔軟にやるのがいいなと思って、油絵でいくとか、彫刻にするとか、方法にはこだわっていないんです。あとはもっと大きな作品をつくりたいとか、見たことのない作品をつくりたいっていうことは、昔から変わらないですね。

変わってきたことは、町の人だったり病院の人だったり、アートの人だけじゃなくて、関わる人が増えたことです。袋田病院という精神科病院のなかでアートプロジェクトを企画したり、患者さんと作品をつくったりしているんです。自分が今までやってきた経験を還元できる感じがあるし、人から求められるんだっていう充実感もあるし。自分のやりたいことと求められていることをバランスよくやっていこうと思って、もう9年ほど続けています。
1ヶ月で退院する人もいれば、毎週通ってくる人、10年くらい入院してる人もいて。そのなかでステンドグラスをつくったり、絵を描いたり。ずっと幻聴が聞こえるけど、版画を彫ってるときは緩和されて落ち着くっていう人もいます。患者さんのライフワークみたいなものをサポートしているんです。
患者さんの作品を展示会とかに出すこともできるんだけど、スペースや枠が決まっていると、そのなかでできることから考えちゃって。おもしろくないじゃないですか。だから病院のなかを美術館にして、自分たちでやりたいように表現していこうってところから、1年に1度はアートフェスも開催しています。

楽器ができる患者さんと職員さんで集まって、一緒に音楽祭を開いたりとか。みんなでセッションしていると、患者さんと職員さんっていう縦の関係が、横並びになっていくんですよね。病院にいるとひとつの関係で凝り固まってしまうから、作品をつくったり展示するなかで、いろいろな関係性をつくっていく。そこには地域の人が関わることもあります。
来てもらって、おもしろかったとかきれいだったって印象を受けたら、病院との関係も変わるじゃないですか。話してみたら意外とふつうの人たちなんだって、偏見もなくなっていくし。
僕ができるのは薬とか診察とは違うけど、達成感とかやりがいにつながることがあるんじゃないかと思っているんですね。楽しかったっていう経験って、薬じゃ補えないから。僕は薬は出せないけど、アーティストだからできることもあるのかなって。それは病院に限らず、町中だからできることもあるだろうし。アートの表現っていうのは、美術館とか箱にとらわれないほうが、可能性が広がっていくのかなって思っています。

写真:阿野太一