いもの道具みちくさ
三枝 一将 + 巽 水幸
三枝 一将:
鋳物って生活の中ではなかなか馴染みがないんですけど、もう少し生活の中に混ぜていけるんじゃないか、と思ってそれぞれの制作活動とは別に夫婦のユニット『いもの道具みちくさ』をやっています。
アイテムとしては、花器、燭台、音が鳴るオブジェ、表札などです。
『みちくさ』は、僕が(藝大の工芸科の)助手をしていて彼女は博士課程の時に、個人ではなくブランドみたいな活動をしてみようってはじまりました。
当時、僕はインスタレーション的な制作活動をしていて、工芸とか技術ということから離れつつあったのですが、助手をしていたこともあり、工芸や鋳金に向き合える場所がほしかったんです。で、ユニットなら気負わずにできるかなと。工芸のよさって触覚性だと思うんです。鋳物も金属のなかではすごく触覚性豊かで、触ると重くて冷たいけどやわらかな感じで気持ちがいい。手にとって使えるものならその感じが伝わると思って。
より多くの人に手に取ってもらいたいから、価格が高くならないようにあまり手をかけすぎないで鋳あがりの表情を活かして仕上げています。「みちくさ」の場合は敷居の高くない座辺の鋳物というか、そばに置きたくなるみたいな存在であればいいなと思っています。
触覚性みたいなことを感じるのがこのコロナ禍の時代にますます遠のいてしまうけれど、やっぱり根源的に大切なことなのではないかと考えていて。素材を扱うものにとっては、ものの魅力、素材感とか、身体感覚──フィジカルの感受性みたいなことは、いつもベースになっていると思います。
制作を続けていくのに、すごくあたりまえですけど、イメージしたものを目の前のさわれるかたちにしたいっていうのがひとつの原動力じゃないですかね。
やっていくうちに素材の違う顔がみえたり、形の面白いニュアンスに気付いたり、そういうのってその時は使えなかったりするんだけど、次に使ってやろう、あれとなら相性いいかなって、制作が続いていく感じ。
『みちくさ』は今ちょっと安定してきてしまった感じですけれど、また仕掛けていかないと、と思っています。
巽 水幸:
暮らしの中の鋳物、道具としての鋳物の可能性について考え始めたのは、以前自分たちでリノベーションした古い木造の家に住んでいた時です。
私の博士展の修了制作の作品は『古道具や骨董からイメージした簡素なシルエットとかたちの置かれ方』みたいなテーマだったんです。視野に入っていながら意識しなくなったものたちの在り方って、床に転がっていたり、作品に作品を積んだり、壁にもたれさせるだけ、とか。
そのうち引っ越しの荷物をときながら家の中で同じ事をしてみたら古い家具とか丸太の梁とかの雰囲気と相まって、「ああ、こういうのが生活空間の中にあるのがきれいだね」って自然な流れで、暮らしに佇む鋳物について考え始めました。
暮らしの中といっても日本では食器に金属を使わないので馴染みがうすいですが、ブロンズの魅力をもっと知ってもらいたい。銅像でないブロンズってこういうこともできるんですよ、という可能性を感じてもらいたいです。
型取りせずに蝋板を切り抜いて原型を作っているので、みちくさの作品は全て1点ものです。定番の形みたいなのはある程度あるんですが、一個一個違うんです。
『みちくさ』の花入れは掌におさまる大きさが多いのですが、実際に手にとっていただくと大きさに対してしっかり手に沈み込む心地よい重さとか、鋳物ならではの表情、質感と、緑青の美しさを感じていただけると思います。
ただ、今はコロナ禍で実際に手にしていただくことが難しくなっていて、写真だけでその感じを伝えるのはとても難しいですね。
私は蝋を直接触って造形するのが特に好きで、ブロンズになった時に蝋の表情がどうなるか逆算して作るんです。蝋はどんな形にもなってくれます。最近は粘土みたいに使うし、板状の蝋に表情を重ねていくのもしつこくやる。やったことが全部金属になるので自由だなあって思います。
何でも、いろんなものが制作の参考になります。だから「ひらめいた!」とか、いつも言ってる。その瞬間が楽しいです。でも思いついたことをその場で試していかないと本当に良いかどう分からない。いろんな実験を繰り返しています。形にならないひらめきもたくさんあるけど。わくわくするうちは作り続けたいですね。
鋳物は時間がかかるんです。原型ができても、湯道つけて、鋳型にして、型焼いて、鋳造して、金属になってから湯道切って、表面をならしたり磨いたり。それでやっと着色する。だから、たまにアイデアをスピーディに形にしてしまいたい時があって、布も好きなので、ミシンでいろいろ作ったりもしています。遊ぶ時は頭もフル回転、はい、できたよーって次々に作っていますね。快感です。バランスとっているのかも。
料理みたいに、ものを作ることを特別に考えすぎないでいたい。自分にとって今は何が旬なのか、みたいなことを大切にしたいと思っています。そういう時間が結局新しいひらめきとかに繋がるから。結局は新しいすてきな鋳物が作りたい、なんですけど。
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取手に住み始めて7年くらい経ったころに、自由で広い空間が必要になって、ネットで探してみたらこの家に出会いました。庭がばーっと見渡せるような広さで、アトリエつきでした。今ここに住んでもう6年くらいになります。途中1年間イタリアに留学に行くことがあって、その時に、荷物とか作品とかそのままにしていってらっしゃい、って周りの方とオーナーさんにご理解をいただけたのはありがたかったです。
家にアトリエがあるのは楽ですね。共同アトリエだと人が気になってしまうと思うし、私は家にあった方がいいかな。
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いもの道具みちくさ
三枝一将 巽水幸彫刻, 工芸, デザイン(プロダクト), ワークショップ(大人), ワークショップ(子ども), 鋳物文字による表札,銘板の制作
三枝一将(SAEGUSA Kazumasa)
東京藝術大学大学院美術研究科修了。金属鋳造による立体やインスタレーション・モニュメントなどを制作。平成26年文化庁海外派遣研修員(イタリア)。金沢まちなか彫刻作品国際コンペティション2006最優秀賞、第29回公益財団法人佐藤基金淡水翁賞最優秀賞。代表作に金沢駅前東口の「やかん体、転倒する。」がある。巽水幸(TATSUMI Miyuki)
東京藝術大学大学院美術研究科後期博士課程修了。2014年から2015年イタリアに滞在。蝋を原型とした造形にこだわって鋳造作品を制作。「いもの道具みちくさ」作品の取り扱い:藝大アートプラザ(東京・上野)、ギャラリーおかりや(東京・銀座)。
掲載:季刊チルチンびと 41号 (風土社)、『スピリッツ・オブ・ジャンク スタイル』(大平一枝著)。