ART LIVES TORIDE ここで芸術が生まれる。

熊谷 雲炎

小学生から始めた書道を、ずっと続けています。書くことが好きだったんでしょうね。10年ほど書から離れていた時期もあるんですが、「子どもに教えてみないか」って誘われたのをきっかけに書道教室を開講しました。小学校で教える機会もいただきました。

文字を美しく書く技術も大切ですが、ずっと「表現」を教えたいと思ってきました。たとえば「風」という字なら、春のそよそよ吹く風なの?嵐の日の風なの?っていうところから想像を膨らませます。自分と向き合って、内面を探りながら文字を書く、表現することを重視しています。

2年前には、『花さき山』という絵本を読み聞かせした後、自分の中にある「花」を書いてもらうという書道展を開催したんです。そうすると、ひとりひとり違う「花」に出会えるんですよ。同じ文字でもまったく違う表現の仕方がある。多様性を認めて、自他を尊重しながら自己表現をしてほしいという気持ちを伝えたいですね。

書を教えることを通じて、自分の作品についても深く考えるようになり、創作意欲も強くなりました。今では「現代アートとしての書」で新たな表現に挑戦しています。そして、ご縁をいただき、来年は個展を開くことになりました。

振り返ると9年前に、古代文字の書体を学んだことが、転機になっています。それまでずっと、「書」というのは、読める文字を書くものだと思っていました。好きな言葉やお題として用意された言葉を書いていたんです。でも文字の奥にあるものを書こうとすると、作品のコンセプトが必要になってくる。そこを深く掘下げて考えるようになりました。なぜ私がこれを書くのか、なぜこの表現を選択したのかを考える時間が大切になってきたんです。

そして、現代アートの世界に触れたことで、表現としての古代文字に惹かれるようになってきました。言葉が書いてあるんだけど、文字には見えない書というのが、わたしの今の作品です。

たとえばこの作品は、「大和撫子」と書いたものです。

作品に反戦の想いを込めたい、それも日本人らしく奥ゆかしく表現するにはどうしたらいいだろうって考えたんです。行き着いたのが、沖縄戦で日本兵を看護したひめゆり学徒隊の姿です。それが大和撫子と結びついたんです。

作品は個人的な表現というより、私が社会に対して訴えたいことを知ってほしい、一緒に考えてほしいという想いの表出と考えています。長年続けてきた書というものを、ただ自分が好きで書いて共感してもらうだけじゃなくて、もっと違うことができるんじゃないかって思ったんですよね。

実際に書くときは、自分が考えたコンセプトをどう表現するか深く考えるんですけど、書くのって一回限り。同じ文字でも何度も書いて、書く度に違うものができる即興性を大事にしています。自分でも予期しないものができたりするのが面白いですね。

大切なことは、美しいかどうかじゃなくて、自分のメッセージに沿っているのか。そこが作品になるかどうかの違いです。たとえば文字として読めるものは、外れることが多いです。文字としてわかるものだと、見ている人はその文字の意味を理解した時点で思考が止まってしまいますよね。それではもったいない。文字ってわからなければ、なんだろうってよく見てもらえると思うんです。なにを書いているんだろう、なぜこれを書いたんだろうって。その作品に込めたメッセージに意識が向いて、一段と考えてもらえるって期待があります。

書家として、今は書の枠を超えた表現方法にも興味があります。紙と墨だけじゃない素材を使ってみたりとか、立体作品だったりとか。きっと、自分自身が変化の時期なんだと思います。