ヤギのオンライン相談窓口制作部
酒井 和泉 坂本 恭隆
酒井
私は主に、人の心に関わることをやっています。ヒーリングアートと言ったりもするんですけど。家が、昔から病院にお世話になることが多かったんです。私が4歳くらいのときに父が首の骨を折ってしまって、生死をさまようような状態になりました。だから毎日病室に行って。面会禁止だったので、気持ちだけ行くっていう感じだったんですけど。
そのとき、隣の病室にいたおじいちゃんが、私がつくったパラパラ漫画を見て「すごくおもしろい!天才だ!」って褒めてくれて。子どもながらに忘れられない体験でした。美術館で展示するよりも先に、人に作品を見てもらう場所が病院だったんです。
母が精神的に不安定だったこともあって、もう、福祉とかケアが家の中に転がってるみたいな。毎日目にするものだったので、自分のアウトプットに関わらないほうが不自然なんだと思います。
子どものころ、チラシの裏にボールペンでお絵描きするところから始まって、気づいたらそれがやりたいことになってましたね。周りに反対されようがなんだろうが、絶対にやるって決めて、藝大に入りました。
つくるものは少しずつ変わってきていて。高校の頃は、病院に飾るのにいいんじゃないかって日本画を描いてたんです。だけど大学1年のとき、弱視の方に出会ったんですね。その方にとっては私の日本画って、ただぼやけているザラザラの紙でしかなくて。
なにをやってるんだろうって、無力さを味わいました。それ以来、絵ではなく、五感を使うというか、どんな関わり方でもできるようなものを目指してつくっています。
「ヤギのオンライン相談窓口制作部」は、私が発案して、周りの人たちに協力してもらいながら動いているプロジェクトです。始めるきっかけは、2020年のコロナ禍の春、私自身がめちゃめちゃ精神を病んでいて。いろんな「心の相談室」みたいなところに電話をかけまくったんですよ。
だけど全部つながらなくて。とにかく窓口の数が足りていないですよね。本当にお金がなくて困窮している人もいれば、彼氏に振られてショックっていう人も、同じ相談窓口に集まってるのはどうなんだろうって思って。
私がつくっている作品は、絶対救いにはなれないんです。救いにはなれないけど、慰めになればいいって思うんです。ヤギもそうなんですよ。お金をくれたり、正しい解決策を教えてくれることは絶対ないんですけど、でも傾聴はしてくれるって感じてて。
いらないアドバイスをしてくることもない。ただなにも言わず、葉っぱを”読まずに食べて”しまう。個人的に、そういうのいいなと。どこかに思いを吐き出せればいいっていう人向けの相談窓口になることで、逼迫している人に、正しい窓口が行き渡るようになればと思って、立ち上げました。
それで、ウェブサイトをつくって欲しいって相談したのが、同じ先端芸術表現専攻の坂本さんです。
坂本
自分自身もコロナ禍で外に出られなくて、けっこう辛かったんです。ウェブやゲームをつくることもあったので、そのときは、ゲームセラピーみたいなことができないか考えていました。酒井さんから連絡をもらって、やっぱりみんな同じようなことを考えているんだなって、ちょっと安心したような感覚もありました。
最初はひとつの企画としてやるのかと思ってたんですけど、酒井さんは10年は責任持って続けるって言っていて。バイトでウェブサイトをつくることは他にもあるんですけど、そうして続いていくサイトがあると「最近どうしてるのかな」とか思い出せますよね。なかなか集まれない時期だからこそ、自分たちの実家みたいな場所になったらいいなと思っています。
酒井
藝大にヤギがいる限りは、ずっと続けたいですね。ウェブサイトに書き込んだ悩みや愚痴を、我々が、ヤギの好きなタラヨウの葉っぱに代筆します。それをヤギにあげるときに生配信して「あなたの悩み、今食べられました」って見てもらう。
実際の運用はこれからなのでわからないことが多いんですが、続けていくうちに、例えば「捨て猫がたくさんいてかわいそう」みたいなものが多く寄せられたとしたら、そこに対応できる団体に相談したりとか。ただ集めるだけではなくて、次の動きみたいなことにもつながったらと思っているんです。
ヤギのオンライン相談窓口制作部
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酒井 和泉
東京藝術大学 大学院 美術研究科 先端芸術表現専攻 在籍
ケアする側ーされる側を超えた本質的な癒しを芸術によって実践するため、主にインスタレーションや映像を制作している。 -
坂本 恭隆
東京藝術大学大学院 美術研究科先端芸術表現専攻在籍
AR技術を用いて、ヴァーチャル世界の環境変化に連動して動く装置を制作している。