山田 優 アントニ
予定がある日以外は、ほぼ毎日ここに来て描いています。基本的には油絵です。定期的に作品を発表して、あとは単発で講師をしたり絵画教室で教えたりしながら制作して。
出身は静岡で、父が肖像画家という仕事をしていました。社長室に飾ってあったり、田舎だと先祖の絵がかかっていたり。おじいちゃんの代から、職人のようにその仕事をしてきた家系なんです。
子どものころから絵が身近で、いつの間にか描いていました。どこかで決意したというよりは、ほかに得意なこともなくて、自然と描き続けてきた感じです。タッチや色の使い方、技法的なところは都度変化しているけれど、変わらず人物を描いているのは父親から影響を受けている気がします。
下絵を描く人もいますが、自分の場合は、なにも決めずに絵の具をキャンパスのなかに置いていきながら。なんていうんですかね。いろいろやりとりしながら、徐々に人物を浮かび上がらせていくような手法で。絵の具を感覚的に置いていくと、なんとなく、色や形がなにかに見えてくる。たとえば目や鼻に見えたら、そこに顔を描いてみようとか。そんな感じで。手がかりを見つけて、そこからイメージを浮かび上がらせていくんです。
10年以上前に絵を描いたキャンパスに、その上からぜんぜん違う絵を描いていくようなこともあります。下の絵の具を剥がすことで出てくるランダムな状態や、ちょっとナイフを落として出てきた色からあたらしい展開が出てきたり。そういうやり方をするので、絵によって重さがぜんぜん違ったりするんです。
描いていた描写と偶然なにかがつながって、すごくおもしろい組み合わせが生まれそうな瞬間がくる。小さな奇跡みたいな、そういうものに気づいたときはすごくワクワクします。
ちゃんとした肖像画を描きたいという気持ちはぜんぜんなくて。絵画に浮かび上がってくる人物がいて、自分はその手助けをしているような感覚というか。ある人物がつくられていく喜びのようなことにおもしろさがある気がしています。
自分の頭のなかにあるイメージをそんなに信用していなくて。偶然うまれたり発生するもの、自分のイメージを超えるもののなかに生まれていく可能性を探っているというような感じですね。
やっぱり絵を描くのがすごく好きだというのが一番大きくて。絵画以外ピンとこないというか、とくに油絵なんですけど。まだやれることがいろいろあるなと思っています。
自分を表現したいとか、社会的なメッセージを伝えたいというよりは、単純に絵を描く作業が好きだというのがベースにあります。なんかね、キャンパスを前にすると描いちゃうんですよ。あまり考えずに。ぼーっとしていても手は動いてしまう。本当に、生活の一部みたいになってきている感じなんです。
そういう意味では、このシェアアトリエという環境がすごく良くて。別に毎日誰かに会ったり話したりすることはないけれど、夜中に制作していてもどこかで音がして「頑張ってるんだな」ってわかったり。それだけでも心強いというか、助けられている気がします。
大学の同級生がこの場所を紹介してくれて。それまで取手にはまったく縁がなかったんです。絵を描くために取手に引っ越してきて、絵を描くためにここで暮らしています。
最近すごく好きなのは、アトリエの裏の田んぼの風景なんです。散歩をしていると毎日違うんですよね。朝に霧が出る日もあれば、田んぼの様子も変わっていく。ときには見たこともないような不思議な光景に出会ったり。そのとききれいだと思った感覚が、絵画に表れたりもしていると思います。
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山田 優 アントニ
1987年静岡県生まれ。
2012年愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画版画領域修了。
主な展示に、「人物に託す意思 山田優アントニ×川島優」(浜松市秋野不矩美術館、2017)、 梅津庸一キュレーション展「フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」(MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY、2020)、「fragments」(REIJINSHA GALLERY、2021)、第26回岡本太郎現代芸術賞展(川崎市岡本太郎美術館、2023)などがある。