ART LIVES TORIDE ここで芸術が生まれる。

富田 直樹

取手は地元です。10代のころはけっこうやんちゃに過ごしたり、吉本の養成所に通っていた時期もありました。絵を描くのは小さいころから好きだったので、美術なら大学に行けるかなと思って、駅前の予備校に通い始めました。京都の大学に行って、東京藝大の大学院に入るのをきっかけに取手に戻ってきたんです。

ちょうどその頃にスタジオ航大というシェアアトリエの立ち上げに参加して、そこで7年ほど制作をしていました。戸頭のこの部屋をアトリエにしたのはちょうど1年前です。周りに仲間がいる、良すぎるくらいの環境から出て、スタートラインに立ったような感じがあります。

新しいアトリエは取手じゃなくてもよかったし、いろいろと探したんですけどね。都内へのアクセスとか駐車場があるとか、広さとか。なんかここが自分の理想に近かったんですよ。今は駅前のアパートから毎日ここに通う生活をしています。2階に住むこともできるんですけど、朝と夜、10分もかからない距離を通うのがいい意味でリフレッシュになっている気がします。

今は京都の風景を描いています。京都は大学の頃住んでいた町で、コロナ禍で観光客がめちゃくちゃ減っているみたいなんですよ。そういう京都を描きたい。京都の町を描きたいというよりは、京都を通して今、僕たちの住む世界を描きたいと思って、少し前に写真を撮ってきました。

人工物と自然が混ざっているというか、関わり合っている瞬間がきれいだと感じているような気がするんですよね。たとえば雪が降っている町とか。人工物って人間だと思うんですけど、人間とこの世界っていうものが関係し合っている瞬間を絵にしているんでしょうね。多分、人間を描きたいんだろうなと思うんですよ。風景っていうものをひとつの人の世界として考えているというか。だから、人間に興味があるんだろうなって自分では思っています。

描いているのは基本的に、風景と肖像画です。自分のなかのテーマは「無」。ゼロ、なんですね。フリーターの人たちの肖像画を描いているんですけど、フリーターって職業を失った人っていうイメージがありますよね。だけど逆に言うと、今から仕事を始める人たちとも言えるじゃないですか。無って出発点でもあると思っていて。

 空き店舗もフリーターと同じだと思って描き始めたんだけど、それが町に発展していって。取手も空き店舗が増えたり、駅前が工事していたり。日々変わるんですよね、人の世界って。始まりと終わりがない。それってある種、ゼロ地点を表現できるんじゃないかなって思っているんですよ。

 描き方も、最初は薄く塗ることから始まって、修正を繰り返して。結果的に厚くなっていくんです。下地の部分は奥になっていて見えないじゃない。今見えているのは、新しく塗ったところですよね。下に塗ったものは過去であって、過去の積み重ねの上に現在があって。完成品として提出はしているけれど、別にフィニッシュじゃなくて、現在進行系でまた上から修正を重ねることもできる。

そういうのって、人生も一緒だと思っていて。常に終わりと始まりというか、常にやりなおしていくようなものを絵にしていくことが、自分のなかで表現したいことです。自分の人生を振り返ったとき、常にやり直し、修正の生き方だったから。修正してまた回復できる可能性がないと、やってられないじゃないですか。そういう絵を自分が描くことが自分自身を励ましているのかもしれないし、見た人にも感じとってもらえたらいいのかなと思いますね。まだ終わりじゃない、可能性がまだあるっていうことを。