ART LIVES TORIDE ここで芸術が生まれる。

平井 亨季

こちらの記事で紹介するアーティストは、2024年1月に公開された取手井野団地のサービスフィールド付住宅で活動しています。UR都市機構とTAPが連携して実施した、この新企画住戸に関連するプロジェクトについてはこちらから紹介ツアー・レポートがご覧いただけます。

大学院は映像研究科を出ていて、現在は主に映像作品を作っているので映像作家と名乗ることが多いです。ただ、学部で先端芸術表現科に通っていたころは木材、写真、ドローイングを用いたインスタレーションを制作していて。そうした作業は今も継続しているので、美術家と名乗ることもあって。展示をする際にはフライヤーのデザインや記録集の編集もやっていて。まぁあまり絞らなくてもいいのかな、と思っているのが今の肩書きです。

子どものころから絵を描くのが好きで、高校生のときに地元広島にある画塾に行きました。卒業生に東京藝大の先端芸術表現科出身の人がいて、なんでもできるのはおもしろそうだなと思って。東京の美術予備校の夏期講習に参加してみたら、ふだん考えていたけどあんまり人には話さなかったことを聞いてもらえたという経験をしました。それがうれしくて、広島でデッサンを続けて、長期休暇のあいだは東京に来て受験対策をする時間を過ごしたんです。移動しながら考えることは、その時期に自分のスタイルになったんだと思います。

メディアを決めているわけではなくて、その場で気づくことやおもしろいものに反応しながらつくるということを繰り返しています。つくったものに対して、人から思ってもみなかった反応があったりする。作品を介してコミュニケーションが生まれることを実感しています。

2022年の夏には、地元の広島で友人と「歩行の筆跡(ディスクール)」という展覧会を開催しました。そこで展示したのは、ロトスコープという技法でつくった映像と簡易的なジオラマを使うことによって、俯瞰で見ていた地図に没入していくインスタレーションです。
写真:吉田真也

 

それぞれ広島についての関心を作品にしていったのですが、僕が着目したのは地形や風景でした。川の流れで土砂が堆積したり干拓が進められたりしてきたなかで、もともと島だった場所が山になっていった。地形の成り立ちを歩きながらなぞっていくことで、500年ほどの時間軸で都市について考えてみたんです。

さらに展示を終えてから、作品の詳細や作家によるトークなどをまとめた冊子をつくりました。広島で作品をつくるときの難しさに、平和都市の象徴としての側面ばかりが見られがちなところがあって。僕が500年前からの時間軸に関心を寄せたように、もっとほかのことを考える余地があるはずなんです。自分たちがやったことを形に残すことで、今後この土地で作品を制作する人の参照元になったり、別のきっかけをつくることができるかもしれない。こうして積み重ねていくことで、少しずつ広がっていくものかなと思ったりしています。

作品を観てもらう場所をどうつくるのか、展示に関わる人とどうコミュニケーションをとるのか。作品をつくりたい、みせたいということと、どう残すか、どうしたらつくり続けられる環境を自分たちで用意できるのかは、同じくらい大切なことだと思うんです。展示会場で使うエネルギーはどこから来ているのか、展示台を捨てずに活用できないのか。みんなが無理しないでいられないとやばい、みたいな感じがあります。

学部時代に過ごしていた取手で縁があり、この夏から井野団地のなかで拠点づくりをはじめました。スクリーンをつけて自分の作品をテストしてみたり、友人の作品を飾って展示の練習をしてみたり。絵を飾ったよって言えば別の人が訪ねてきてくれる。僕の知ってる人同士が偶然出会ったり、人が行き来することでなにか残っていったらいいなって。助け合いとか連帯みたいな言葉に近いかもしれませんが、相談ができる、会える場所になったらと思うんです。

人と会って話すことで、1人だけで考えていたらできなかったようなことが始まっていく。それがつくり続けていくための方法でもあると思うし、予期せぬものづくりをしたいという気持ちがあります。そのためにも、変わることを恐れずに生きたいですね。年もとっていくし、親しい人がいなくなっていくかもしれない。もしくは新しく生まれるかもしれない。できれば、どれも祝福したいという気持ちがあります。そのためには、自分が変わることを良しとしないと、受け入れられないだろうなという気がするんです。