海老原 靖
小さいころフランダースの犬が好きで、主人公のネロに憧れて。金髪になりたい、あんな子になりたいって。ネロは絵がすごく上手だったので、そこから絵が好きになったんです。描いてみたら褒められて、調子に乗って。勉強も運動もできないけど、絵は描けると思った。油絵の具を買ったのは中学のとき。美術の先生が藝大出身で、それで藝大の存在を知りました。取手に校舎が建つって聞いて、じゃあそこに行かなきゃって。
ほかの道に進みたいと思ったことは1回もないかな。うちはずっと取手で土建屋をやっているから、絵をやってないとそっちに進まないといけなくなっちゃうし。絵を描いて暮らしたいと思った。ほかにできることがなかったっていうかね。絵を描くのはなにが楽しかったんだろう。色もそうだし、タッチもそうだし。なにをやってもいい場所だった。規制がないから楽しかったよね。日々自分がうまくなっているのもわかるし。だからとにかく、たくさん描きたかった。
大学に入ってインスタレーションをやって、学校を出てから、もう1回油絵を描くようになったんだよね。卒業したくらいのときに、松田油絵具っていう会社のおばさんに出会って。「あんた、藝大出てるんだから絵を描きなさいよ」って絵の具を大量にくれたの。展示場所まで見つけてきてくれて、じゃあ描かなきゃしょうがないって。そしたらやっぱり楽しくて、そこからは絵で行こうっていう感じだったかな。
学校を卒業してすぐ、同級生と4人で武蔵境にアトリエを借りたんですよ。東京に行ったら恋人もできるだろうって。そしたらすぐに出会えて、2年で取手に戻ってきて。こっちのほうが広いし、ホームセンターもあるし。制作環境としては満足してるかな。東京にも近いしさ。
自分の幅みたいなものが欲しくて、30歳まではデビューしないって決めてたから、グループ展をやりながら作品を溜めて。ちょうど30のときにギャラリーから電話があったので個展を開きました。そこからつながりができて、今所属しているギャラリーの人が見に来てくれて。あんまり悩むことはなかった感じなんですよね。
ふだんは年に2回、個展をやってます。beautiful boyシリーズっていうのはラフに描いてるクロッキー画みたいな油絵なんだけど。それを描くと違うアイデアが出てきたりして。年に1回くらいは小さな絵をバーっと描いて、そこから見つけたものを発展させたりしていますね。自分のなかでいくつかのシリーズがあって、違うタイプの絵を描いてる。1つを描き続けるのは飽きるから、壁にキャンバスを並べて、ぐるぐる回っているように描いていきます。
4月の個展に向けて今描いてるのが、このGardenシリーズ。家にいる時間が長くなって、向かい合ったのが家の庭だったんです。葉っぱを描くのはめんどうでずっとやってなかったんだけど、苦手分野に挑戦。僕なりに毎回、こうやってチャレンジ要素を持っていて。これができたら、絵の幅が広がるかなってことは考える。イライラするけどね、楽しいですよ。Gardenシリーズは偶然性というより、一個ずつ積み上げていく感じがあるよね。描けば描くだけ返ってくるみたいなところがある。4月までにもっといい感じになってくれるんじゃないかな。
漠然と頭の中にゴールがあって、そこに近づけるにはどうしたらいいかっていうのを考えています。今日はこの部分を描こうと決めて、1週間に1手くらいの感じで回っていく。1週間ほかの絵に手を入れながら考えて、次の1手を足して。描き終わったらお酒を飲みながらずっと眺めて、次、どうしてあげようかなっていうのを考える。そうしているうちにあっという間に朝になってて。それが楽しいですね。
朝起きたらごはんを食べて、映画かドラマを1本観る。それからアトリエに来て、夜8時くらいまで描いて、飲む。映画をモチーフにしている絵もけっこうあって。映画を観るってね、いいですよね。けっこう絵につながってくれるから。
ここ何年かは漠然と、風景を描きたいと思っていて。取材がてら旅行に行くのが楽しいかな。この海辺にマコーレー・カルキンがいたらどんなかな、とか。ここで食べたタコがおいしかったから、タコも描いてみようとか。景色を見に行ったけど霧でなにも見えなくて、じゃあ霧を描こうとか。頭の中で考えているかたちと実際にみるかたちって違うじゃない。だから、実際に行かないとわからない。そうやって旅をして描いていればアイデアにも困らないし、楽しいし。だから、絵を辞めようと思ったことはないんですよね。
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海老原 靖